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2009年04月11日

疑惑の登録商標1 試合会場

 目的地を決めて歩くのと、やみくもに歩くのでは、後者の方が断然疲れる。同じ距離を歩いても、疲労の度合いが全く違う。そのことに気づいたのは、初めて迷い猫を探した時だった。猫探しというのは、便利屋の仕事の中でも大変な部類に入ると思う。広い猫の行動範囲を、いつ見つけられるかも分からずに歩き続けるのは、精神的にも肉体的にもハードな仕事である。
 それに比べると、今日の仕事はずいぶんと楽だ。なにしろ、椅子に座っているだけなのだから。私は、ボクシングの会場で試合を観戦していた。席はリングサイドの最前列。リング上では、クリンチだらけの試合が続いている。この試合が終われば、やっとメインイベント。ライト級タイトルマッチが行われる。それにしても、退屈な試合だ。さっきから、猫のようなパンチと、社交ダンスのようなクリンチが繰り返されている。私は欠伸をしようとして、背筋を伸ばした。その時、背後から肩を叩かれた。
「玉村さん、今日はお楽しみ頂いていますか?」
 彼はニコニコしながら言った。私は慌てて欠伸を噛み殺す。
「残念ながら、観戦を楽しむのは無理なようです。わたくし玉村光雄は、仕事中には一瞬たりとも気を抜けない性分なんですよ」
「そうでしたか」
「もう少しリラックスしたいと思うこともあります。しかし、私の超人的な集中力が、それを許してくれません」
「それは頼もしい。次の試合で何か起きたときには、よろしくお願いします。それでは、私は試合に備えて、選手の元に戻ります」
 そう言い残して、彼は軽い足取りで通路を歩いていった。彼は村田ボクシングジム会長の村田三郎。今回の仕事の依頼人だ。
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2009年04月13日

疑惑の登録商標2 三郎との出会い

 村田三郎が、弁理屋玉村堂を訪ねて来たのは、一週間前のことだった。
「ボディーガードをお願いしたいんです」
 小柄な好々爺のような雰囲気の三郎は、席に着くなりそう言った。
「ボディーガード?愛しいレディ達を守るのは、ライフワークとも言えますが」と私は答えた。「おっといけない。うっかりレディ達と言ってしまいました。レディという単数形に訂正させて頂きます」
 三郎は何かに迷うような表情をしたが、しばらくするとゆっくり話し始めた。
「お願いしたいのは、ボクサーのボディーガードです。実は、私はボクシングジムを経営しているんです。息子の大吾も選手でして、今度、世界タイトルマッチに挑戦することになりました」
「それはすごい!まさに親子鷹ですな!」
 言ってから、親子鷹は死語ではないかと、心配になった。慌てて三郎の表情を観察する。しかし、彼は嬉しそうに目を細めていた。
「ありがとうございます。ただ、一つ心配なことがあるんです」
「心配なこと?」
「対戦相手のことです。相手は、番田という日本人選手なんです」
「日本人対決というわけですね。それは盛り上がりそうだ」
「その番田のジムは、クレイジーボクセというのですが、ダーディーなことで有名なんです。彼らは、ローブローや肘打ちといった、反則攻撃をためらいもなく仕掛けてきます。過去には、乱闘騒ぎを起こしたこともありました」
「それは危険だ。しかし、試合中にボディーガードをするわけにはいかないですね。どうすればいいのでしょう?」
 すると、彼は、カバンから紙切れを取り出した。
「今回の試合のチケットです。玉村さんには、この最前列の席で観戦していて頂きたいんです。何も起きなかった時は、試合をただ楽しんでください。ただし、クレイジーボクセが何かを仕掛けてきたとしたら、その時には助けてもらいたい」
 そう言って、彼はチケットを私の前に差し出した。
「私のジムには、軽量級の選手しかいない。乱闘が起きた時には、あなたのような体の大きな方の力が必要になるんです」
「しかし、私は便利屋です。ボクサーを守れるかどうか・・・」
「実は、玉村さんが格闘技に精通していると言うお話を、聞いているんですが」
 そういうことだったのか。どうやら彼は、私の過去を知っているようだ。
「七ヶ月前に右肩を痛めて以来、格闘技とは縁を切ったつもりでした。しかし、私の力が必要とされる時が来たようですね。この仕事、お引き受けしましょう」
posted by かずひで at 01:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月15日

疑惑の登録商標3 河原の帰還

 猫の社交ダンスのような試合は、両者決め手を欠いたまま、最終ラウンドが終了した。ふがいない試合内容に、会場からは容赦のないブーイングが浴びせられた。うんざりしながら判定の結果を聞いていると、河原が席に戻ってきた。
「席がどこか迷ってしまいましたが、玉村さんの頭が目印になりましたよ」
 河原は私の助手である。フレンチブルドックのマーロンを溺愛する変わり者だ。軟弱な彼にボディガードは任せられないが、チケットを二枚もらったこともあり、今日は特別に連れて来た。
「玉村さんは、座りっぱなしで疲れないんですか?」彼がそう尋ねてきた。
「座ることは苦にならない。同じ体勢をずっと続けられることも、便利屋の素質の一つなのだから。私はかつて、朝の十時から夜の十一時まで、同じ体勢で座り続けたこともあるんだ」
「なるほど、玉村だけに玉を打っていたといことか」
 私がどこで座っていたのか、感づいたようだ。体力はない河原だが、意外と鋭いところがあるのだ。まあ、実際には、玉ではなくコインだったのだが。
「ところで、売店でこんなものを買ってきましたよ」
 彼はそう言いながら、持っていた本を私に差し出した。表紙には『クレイジーボクセファンブック』と印刷されていた。
「おい、お前はクレイジーボクセのファンなのか?」
「いえ、情報収集のためですよ」
 私は本を開いて、最初の数ページをめくってみた。番田玲という名前と写真が目に入った。これがチャンピオンか。
「番田玲のこと、知らなかったんですか?ビールのCMにも出てますよ」
 CMに出るほど有名な選手が相手なのか。私はページをパラパラとめくる。すると、ロゴマークらしきものが目に入った。星のマークの周囲を囲むように「Crazy Boxe」という文字が並んでいる。
「そのロゴマークは、クレイジーボクセの登録商標*1 ですよ」
「なんだって?ボクシングジムが、登録商標を持っているのか?」
「そうですよ。Tシャツとかリストバンドとか、オリジナルグッズを販売する時に、その商標を使ってるんです」

*1 登録商標 特許庁に対して手続きを行い、登録が認められた商標のこと。商標登録を受けると、他人が登録商標に似た商標を、似たような商品に使うことを阻止できる。
posted by かずひで at 21:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月18日

疑惑の登録商標4 危険信号

「さっき見ていた、番田の写真が載っているページを、開いてみてください」
 河原の指示通り、私は本をめくった。
「これが会長の藤丸です」河原は、番田の隣の男を指差しながら言った。
「彼が商標の管理をしているみたいです。ビジネスマンとしても有能なんでしょうね。もちろん、ボクシングの指導者としても超一流ですけど」
 そこには、髪をオールバックにした、痩せた男が写っていた。チャンピオンの番田と、トレーナーの藤丸。危険なコンビに思えた。彼らと乱闘になったらどうすべきか。私は目を閉じてシミュレーションを始めた。大勢との戦いでは、寝技を使うのは危険だ。踏みつけられる可能性が高いからだ。かといって、打撃勝負も相手の専門分野。だとすれば、投げ技で勝負するか。
「玉村さん?どうしました?」
 私は河原の呼びかけを無視して、シミュレーションを続けた。番田がパンチを打ってくる。その腕を巻き込んで、一本背負いを放つ。藤丸が突進してくる。その足元に滑り込むようにして、カニばさみを仕掛ける。実戦さながらのシミュレーションを、私は脳内で繰り返した。
 その時、私の内臓感覚がある危険信号を伝えてきた。この信号はいったいなんだろうか。しばらくすると、それは少しずつ大きくなっていった。そして、私の体内で、大きな違和感へと成長した。
「これは危険だ。危険すぎる!」
 私は慌てて立ち上がった。
「どうしたんです?」と河原が尋ねた。
「私は重大な準備を怠っていた」
 きょとんとする河原を残し、私は全速力で走った。
posted by かずひで at 13:50 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月21日

疑惑の登録商標5 果てなき欲求

 数分後、危険は去った。腸内の違和感がすっきりと解消され、私は大きな幸福感に満たされていた。
 人間の三大欲求とは、食欲、性欲、睡眠欲だという。しかし、私は常々疑問を感じていた。排泄欲が忘れてられていることに。
 排泄欲は、生まれたばかりの赤ん坊から、年をとった老人まで、幅広い世代が持つ、人間の根源的な欲求であるはずだ。本当なら、食欲、性欲、睡眠欲、排泄欲を、人間の四大欲求と呼ぶべきだと、私は思うのである。
いや、待てよ。大と小では、また違う快感があるではないか。だとすれば、五大欲求とすべきかもしれないな。
 いやいや、食事とは排泄欲を満たすための行為とも言える。ということは、食欲と排泄欲は、まとめることも可能だ。これは偉大な発見かもしれない!
 いやいやいや、よーく考えると、排泄欲と性欲というのは、強い結びつきが・・・。
 その時、私の格調高い思考を遮るように、トイレの個室の外から、話し声が聞こえてきた。
「藤丸会長、今日もクレイジーボクセは全勝ですね。それに、ファンブックも売れているようです」
 どうやら、クレイジーボクセ会長の藤丸に、クレイジーボクセの選手が、話しかけているようだ。
 続いて、藤丸の声も聞こえてきた。
「順調なようだな。よし、また・・・」
 藤丸が小声で呟く。私は声を聞き取ろうと、壁に耳をあてた。
「よし、また、コインを反則に使おう」
 私には、確かにそう聞こえた。コインを反則に使うつもりなのか?驚きのあまり、私の肛門は激しく引き締まった。
posted by かずひで at 14:45 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月22日

疑惑の登録商標6 コインの輝き

「コインを反則に使うだと・・・」
 そう呟いた私の顔を、河原が覗き込んだ。
「あれ?すっきりしてきたんじゃなかったんですか?まだ顔色が悪いですよ」
「心配事が増えたんだ。コインを反則に・・・」
 河原はポケットからコインを取り出した。
「コインって、このクレイジーボクセのコインのことですか?さっき売店で入手したんですが」
 私はそれを奪い取った。
「これだ!藤丸はこのコインを使って、何らかの反則行為を企んでいるんだ!」
「え?どういうことですか?」
「さっきトイレの中で、藤丸がこう言っているのを聞いたんだ。『また、コインを反則に使おう』と」
 私は銀色に輝くコインを観察した。スロットマシンのコインよりも、だいぶ大きい。500円玉くらいの大きさと重さがある。表面を見ると、星のマークを囲むように「Crazy Boxe」と刻印されていた。
「これは、クレイジーボクセの登録商標じゃないか!」
 私は愕然とした。彼らは商標を付したものを反則に使おうとしているのだ。
 商標法が商標を保護するのは、事業者の業務上の信用の維持を図るためである*2。にも関わらず、商標のついたコインで、反則をしようというのだ。信用も糞もあったものではない。まさしく、法を踏みにじる行為ではないか。
 私はポケットの中に手を入れ、菊のマークのバッジを握った。この弁理士バッチに誓って、必ずや彼らの反則を阻止する。

*2 商標法第1条において、以下のように規定されている。「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする」
posted by かずひで at 21:46 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月25日

疑惑の登録商標7 選手入場

「これより、IBE世界フライ級チャンピオンシップを行います。挑戦者、村田大吾選手の入場です」
 唐突な場内アナウンスに続き、荘厳な入場テーマが鳴り響く。ゲートの奥から村田大吾が姿を見せた。後には三郎会長と数人のセコンドが続く。
 もうすぐ試合がはじまってしまう。それまでにクレイジーボクセの企みを、暴かなければならない。商標が刻印されたこのコインで、いったい何をするつもりなのか。
 私はコインを軽く中空に放り投げてみた。ずしりと重い。もう一度投げる。コインを掴んだ手の平に、鈍い感触が残る。ずいぶん重いコインだ。この重さ・・・、さては・・・。
「分かったぞ!奴らはこのコインを、村田大吾に投げつけるつもりだ!」と私は叫んだ。
 一見すると平凡なコインだが、全力で放り投げたとしたら、それは非常に危険な凶器と化す。頭に当たれば、裂傷を負うだろう。当たる角度によっては、頭蓋骨が破壊されるかもしれない。
「河原!リングサイドで不審な動きをする者がいないかを、よーく観察するんだ!」
ところが、緊急事態だというのに、河原は気の抜けた表情のままである。本当に使えない男だ。少しばかり引き締める必要がありそうだ。
「コインを投げつけるとは、考えにくいですね」
 私が河原に鉄拳制裁を加えようとした時、彼はそう言った。
「リングの外からコインを投げても、うまく命中しませんよ。下手をしたら、味方に当たるかもしれない」
「むむ。たしかに」
 私は再び考え込んだ。ふとリング上に目を移すと、入場を終えた大吾が、場内の歓声に応えるように両手を挙げていた。心なしか、表情が硬いように見える。
「続きまして、チャンピオン、番田玲選手の入場です」
 入場テーマがアップテンポな曲に変わった。そして、けたたましい雄たけびを挙げながら、番田が入場口から飛び出してきた。日に焼けた体。その逞しい筋肉は、まるで豹のようだ。
彼に続き十人近い男たちの集団が姿を現す。この目つきの悪い奴らが、番田のセコンドなのか。その一番後ろに、藤丸会長の姿が見えた。これは厄介な相手だ。
posted by かずひで at 21:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

疑惑の登録商標8 表と裏

 試合がもうすぐ始まろうとしている。このコインを、いったいどんな反則に使うのだろうか。
私はコインを裏返してみた。裏にも同じ模様が現れた。表も裏も同じ模様。何の変哲もないコインである。
いや、待てよ・・・。
「河原!わかったぞ!」
「何がですか?」
「いいか、どんな人間でも表と裏がある」
「ん?」
「私は、幼い頃から、権威に屈することを、よしとしなかった。だから、教師に胡麻をするようなことは、決してしなかった。悪戯をした友達の代わりに、私が身代わりになって怒られたこともあったくらいだ」
「へ?」
「しかし、私もたった一度だけ、過ちを犯してしたことがある。小学校五年生の時、窓ガラスを割ったのを、友達のせいにしてしまったんだ。なぜそんなことをしたのかというと、担任の先生が、とびきりの美人だったからだ。どうしてもその先生に嫌われたくなかったんだ!」
「昔から美人に弱かったのか」
「好きな人には、よく思われたい。そのくらいの裏表は、誰にだってあるんだ。愛されるよりも愛したい、なんて言いつつも、愛するよりも愛されたい。そういう葛藤こそが、人情っていうもんだろう!」
「人情?」
「裏表がない。そんな奴ほど怪しいんだ。それは、コインだって同じだ!」
 私は立ち上がり、リングサイドと客席を仕切る鉄柵を飛び越えた。そして、リングから降りてきた三郎会長に駆け寄った。
「玉村さん、どうしましたか?」
「三郎さん、敵は反則行為を企てています」
 私は息を整えながら、彼に耳打ちをした。
「え!?反則を?」
「このコインを見てください。一見すると普通のコインです。しかしよく見ると裏も表も同じ柄です。これをコイントスに使えば、必ず表が出るという仕組みです!」
 三郎はしばし言葉を失った。いくらクレイジーボクセが危険なジムだとはいえ、反則行為をするために、わざわざ商標のついたコインを作っているとは思いもよらないだろう。私の推理に驚くのも、当然である。
 ところが、三郎の反応は意外なものだった。
「玉村さん。ボクシングにコイントスはないんですけど」
「え?」
「サッカーじゃないんですから・・・」
 推理は根底から崩れ去った。私は思わず天を仰ぐ。眩しいライトに目を細めた瞬間、ゴングが打ち鳴らされた。
posted by かずひで at 17:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

疑惑の登録商標9 試合開始

 試合開始と同時に、チャンピオンの番田玲はいきなり猛ラッシュを仕掛けた。左右のフックを振るいながら、チャレンジャーの村田大吾に襲いかかる。大吾はガードを固めている。
「距離をとれ!」
 思わず私は叫んだ。大吾はぎこちない足取りで後退する。しかし、番田は一直線に突っ込んできた。大吾はあっという間にコーナーに追い詰められた。
「まっすぐ下がるな!フットワークを使って回りこむんだ!」
 番田の渾身の右フックが、大吾を襲う。大吾はパンチから遠ざかるようにして、相手の左に回り込む。間一髪クリーンヒットを逃れた。
 番田のラッシュをまともに食らったら、おそらく大吾はKOされてしまうだろう。この攻撃をなんとか凌いで、長期戦に持ち込むしかない。そのためには、ジャブを打って距離をとる必要がありそうだ。
 しかし、番田は追撃の手を緩めなかった。素早い踏み込みで大吾に接近し、アッパーを繰り出した。
「危ない!」
 しかし、番田のパンチは大吾に届かなかった。私の気持ちが伝わったかのように、大吾は左のジャブを伸ばしていた。ジャブに威力はなかったが、番田の接近をストップする役割を果たした。
 なおも大吾はジャブを打ち続ける。リーチで劣る番田のパンチは、大吾に届かず空を切った。
「そのままジャブを続けろ!長期戦に持ち込むんだ!」
 しかし、大吾は勝負に出た。左ジャブに続いて、右ストレートを伸ばしたのだ。それに合わせるように、番田も右ストレートを放つ。二人のパンチが交錯した。
 次の瞬間、大吾はマットに倒れていた。
posted by かずひで at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

疑惑の登録商標10 ダウンカウント

「ワン、ツー、スリー、フォー」
 ダウンカウントが数えられる中、大吾は必死に体を起こそうとする。
「ファイブ、シックス、セブン」
 首を振りながら、なんとか立ち上がった。
 大丈夫か?というレフリーの問いかけに頷き、大吾はファイティングポーズをとった。かろうじてKOは免れた。しかし大吾の足下はおぼつかない。ダメージが大きいようだ。
 私は三郎の方を見た。彼はタオルを握り締めていた。セコンドがリングにタオルを投げ入れれば、それはすなわち棄権の意思表示だ。私には、三郎がタオルを投げるタイミングを窺っているように見えた。会長として、そして父親として、これ以上試合を続けされることはできないのだろう。
「ファイト!」
 レフリーの掛け声と共に、番田が襲い掛かる。三郎は慌てて、タオルを持った手を振りかぶった。
 しかし、タオルが投げ込まれる寸前に、ゴングが鳴った。第一ラウンドが終了したのだ。大吾はふらふらと自陣のコーナーに戻り、パイプ椅子に座った。
 まだやれるか?というセコンドの呼びかけにも、うつろな表情でうなずくだけ。心は既に折れかかっているようだ。
 私は先程のダウンの場面を思い返してみた。番田と大吾のパンチは、相打ちになった。しかし大吾だけがダウンし、そして大きなダメージを負った。番田と大吾のパンチ力の差は、歴然としている。反則などしなくても、番田の勝利は揺がないように思える。いったいなぜ、番田は反則を計画していたのだろう。
「番田のパンチは重い。重すぎる。まるで鉄の塊で殴られたみたいだ」
 大吾が、か細い声でそう呟いた。
重いパンチ・・・。
その時、私の中で何かがはじけた。
 私は今まで、いつ反則が行われるかに目を光らせてきた。しかし、反則はもう行われているのではないだろうか?もしかしたら、あのパンチ力の差は、反則の結果なのではないだろうか?
 鉄の塊・・・。
 その刹那、私はクレイジーボクセの計画の全貌を、完全に見渡すことができた。
「そういうことだったのか!」
 私はエプロンを駆け上がり、ロープを飛び越えた。玉村光雄、満を持してリングイン。
posted by かずひで at 23:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月11日

疑惑の登録商標11 乱入

 リングに上がった私は、チャンピオンのコーナーにゆっくりと歩み寄った。
「お前たち、このコインを使って、反則を仕掛けやがったな!」
 そう言いながら、私は番田と藤丸の目の前にコインを突きつけた。
「反則?何のことだ?」と藤丸が言った。
「さっきダウンを奪った右ストレート、ずいぶん重たそうじゃないか。しかし、あの重さはお前の練習の成果ではない!」
 藤丸の表情が曇った。
「このコインをグローブの中に詰め込んだせいだな!」
「何を根拠に!」
「お前が『コインを反則に使おう』と言っていたのを聞いたんだ」
「反則に使う?そんなことを言った覚えはない」
「とぼけるな!」
 私はそう言って彼を睨みつけた。
「控え室に重い金属を持ち込んだら、すぐに反則を疑われる。しかし、商標を付したコインなら、監視の目も緩くなるのだろう。うまいことを考えたな」
「適当なことを言うな!」
「商標っていうのはな、自分の商売を写す鏡なんだ。それをそんな卑怯なことに使いやがって!この商標については、不正使用取消審判*3 を提起するつもりだ。こんなもの、弁理士の手にかかれば、一発で取り消しだ」
「弁理士?貴様何者なんだ?」
「私は、理(ことわり)を、弁(わきま)えた、士(さむらい)・・・」
 その時、これまで静かだった番田が、私の決め台詞をさえぎるように拳をふるってきた。強烈な左フックが私の顔面を襲う。私はとっさに右腕でブロックした。右肩に痺れが走る。この衝撃・・・。左のグローブにも、コインが仕込んであるようだ。
 私はファイティングポーズをとった。番田は再び左右のフックを振るいながら、突進してきた。しかし興奮のあまりパンチは大降りになっていた。このパンチなら、かわすことができる。いくら重いパンチでも、かわしてしまえば関係ない。
私はフックをかいくぐるように屈み、番田の胴に両腕を廻した。そして、そのまま体を密着させ、自分の体重を番田に浴びせる。完璧なタイミングで、私の胴タックルが決まった。バランスを失った番田は、後方にまっすぐ倒れていく。
 そして、番田がマットに倒れる瞬間、私は体を密着させ、頭突きを顔面に叩き込んだ。「ゴツン」という鈍い音が響き、彼は意識を失った。
「反則の証拠を見せてやる!」
 そう叫びながら、私は番田のグローブを掴み、手首から引っこ抜いた。グローブを広げると、眩い銀色の光が見えた。
 私は、観客に見せつけるように、グローブを掲げた。
「クレイジーボクセファンの皆様、目を覚ましてください!これが反則の証拠です!」
 次の瞬間、クレイジーボクセのセコンド陣が、凄まじい勢いでリングに雪崩れ込んできた。私は慌ててリングを飛び降りた。

*3 不正使用取消審判
商標権者が、商標を不正な使い方をした場合に、商標権の取り消しを求める審判のこと。
posted by かずひで at 18:33 | Comment(2) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月14日

疑惑の登録商標12 親子の絆

「玉村さん、本当にありがとうございました。あのまま試合が続いていたら、大吾は取り返しのつかない怪我を負っていたかもしれません」
 試合の翌日、村田三郎は、私の事務所にやってきた。
「番田の王座は剥奪になり、改めてチャンピオン決定戦が行われることになりました。おそらく大吾も出場できるはずです」
「そうでしたか。それはよかった」
「それより、肩の調子は大丈夫ですか?パンチをガードしたときに、痛めたのではありませんか?」
 彼は私のことを心配してくれているようだ。
「少し痺れを感じますが、大丈夫です。心配ありませんよ」
 その時、私はなぜか、懐かしい気持ちになっていた。私は自分の父親のことを思い出していたのだ。
「私は幼い頃に父を亡くしました。この弁理士バッジは、実は父の形見なんですよ」
 無意識のうちに、私は父のことを語り始めていた。
「父は商標を専門に扱う弁理士でした。大きな仕事は好まず、屋号を守りたいと願う小さな商店を、採算を度外視して手助けしていました」
「そうだったんですか」
「だから、私は商標を反則に使ったクレイジーボクセを許せないんです。私は、クレイジーボクセの商標について、不正使用取消審判を提起したいと思います」
 三郎は黙って頷いていた。
「三郎さん。あなたを見ていると、私はなぜか父のことを思い出すんです」
 彼は、少し戸惑ったような表情を見せた。その表情は、やんちゃだった私に手を焼いていた、父の表情にそっくりだった。私は自分の気持ちをさらけ出そうと思った。
「あなたのことを、パパと呼ばせてください!」
 そう言って、私は両手を広げた。
「パパ!アイラブユー!」
 すると、三郎は椅子から飛び上がった。
「と、とんでもない。私は玉村さんのお父さんのような立派な人間ではありません。今日はこれで失礼します」
 立ち上がった三郎は、小走りに玄関を出ていった。突然の出来事に、さすがの私も唖然とした。
 しばらくして、階段を降りる足音が、聞こえてきた。視線を上げると、マーロンを抱いた河原が部屋に入ってくるところだった。
「三郎会長、出て行っちゃいましたね」
「どうしたんだろう。急用があったのだろうか?」
「たぶんそうだと思います。ところで玉村さん、不正使用取消審判ってなんでしたっけ?」
 マーロンに洋服を着せながら、河原が言った。
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2009年05月16日

疑惑の登録商標13 びっくり箱の禍

「不正使用取消審判っていうのは、商標権者が不正な使い方をした商標について、その登録の取り消しを求める審判のことさ」
 私は河原の質問に答えた。
「じゃあ、その不正な使い方って言うのは、どんなものですか?」
 彼は私の答えに満足していないようだ。
「不正使用って言うのは・・・、一言で言えば、よからぬ使い方だな」
「はあ?よからぬ使い方?具体的には?」
 重箱をつつくような質問に、私は反発を覚えた。細かいことを暗記するのは、何よりも苦手なのだ。
「条文にはちゃんと書いてあったんだが、ちょっと思い出せないなあ。法律っていうのは、暗記よりも理解が大切だからね」
「不正使用って言うのは、『商品の品質若しくは役務(*4)の質の誤認又は他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるもの』ですよ」
 マーロンの服のボタンを留めながら、河原は言った。
「こんな例を考えてみてください。ある玩具メーカーが販売している『クレイジーボックス』というびっくり箱が、とてもよく売れていました。それを知ったボクシングジムのクレイジーボクセが、似たようなびっくり箱を売り始めました」
「名前が似ているから、便乗したってことか」
「クレイジーボクセは、そのおもちゃ箱に、『Crazy Boxe』という商標の『e』の文字をわざと薄くしたロゴを印刷しました。すると、『Crazy Box』というロゴがついているように見えます。そのせいで、玩具メーカーのびっくり箱を買うつもりが、間違えてクレイジーボクセのびっくり箱を買ってしまう人が続出しました」
「なるほど。混同が生じるってことだな」
「こういうのを商標の不正使用と言うんですよ」
「なかなか、分かりやすい説明だったよ」
「何を寝ぼけたことを言ってるんですか!僕が言いたいのは、商標がついたコインで反則をしたって、不正使用にはならないってことです」
「な、なんだって!?」
 どうやら私は大きな誤解をしていたようだ。確かに、少し変な気はしていたのだ。
「もちろん、本当は分かっていたんだ。ただ、あいつらをちょっと脅してやりたくってね。クレイジーボクセは、組織ぐるみで反則をやっていたわけだからさ」
 私は、動揺を悟られないように、声のトーンを一定に保とうとした。
「その、組織ぐるみの反則っていうのにも、ちょっと疑問があるんですよ」
 そう言って、彼はスポーツ新聞を取り出した。
「この記事によると、グローブの中に入っていたのは、コインじゃなくって鉛の塊だったそうなんです」

*4 役務 サービスのこと。商標法では、商品に付ける商標だけでなく、サービスに用いる商標も、保護される。
posted by かずひで at 01:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月18日

疑惑の登録商標14 冬の散歩

「グローブの中に鉛の塊?コインを加工して、塊にしたんじゃないか?」
「それはありえません。クレイジーボクセのコインはスチール製でしたから」
「コインが反則に使われていないとでも、言いたいのか?」
「その通りです」
「そんなはずはない!私はこの耳で『コインを反則に使おう』という言葉を聞いたんだ。奴らが組織ぐるみで反則を行っていたことは間違いない!」
 私は思わず声を荒らげた。しかし、河原に動じる様子はなかった。
「実は、あのコインは売り物じゃないんです」
 マーロンに首輪を付けながら、彼は静かにそう言った。
「売り物じゃない?」
 私は戸惑いつつ、彼の顔を覗き込んだ。
「あのコインは、『クレイジーボクセファンブック』を買った人が、おまけで貰えるものなんです」
「おまけ・・・」
「言い換えれば、彼らはコインを本の販売促進に使ってるんですよ」
「販売促進・・・。ま、まさか!」
 自分の背中を汗が滴っていくのを感じた。
「玉村さんが聞いた『反則』っていうのは、『販売促進』を略した『販促』のことだったんじゃないでしょうか?商標を販売促進のためのノベルティグッズに付けるって、よくやることですからね」
 私はトイレで聞いた、藤丸たちの会話を思い出した。
――藤丸会長、今日もクレイジーボクセは全勝ですね。ファンブックも売れているようです。
――順調なようだな。よし、またコインを「販促」に使おう。
 筋が通るではないか!私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。
 グローブの細工は、おそらく番田単独の犯行だったのだろう。彼の行為を偶然発見できたからよかったものの、そうでなければ私の乱入こそ、歴史的な反則行為だと言われていただろう。
「私が番田の反則を暴いたのは単なる偶然だったのか。玉村がたまたまに救われるなんて・・・」
 沈黙が続いた。また余計なことを言ってしまったか。私は恐る恐る手をどけ、河原の顔を見た。
「無茶をやって偶然に助けられるのは、いつものことでしょ」
 足元では、セーターを着たマーロンが、尻尾を振っていた。
「一緒にマーロンの散歩に行きますか」
 私はクローゼットから上着を取り出した。
(了)

<あとがき>
「疑惑の登録商標」は、これにて完結です。
「特許法の罠」に比べると、知財の色合いが薄くなってしまいました。
エンターテイメント性を重視しているために(?)、文芸的にも法律的にも拙いところがありますが、フィクションとして楽しんで頂ければ嬉しいです。
せっかくなので、拍手ボタンをつけてみました。
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『第三話 隠蔽された意匠権』も連載の予定ですが、拍手の数が多い方がモチベーションが上がるかもしれません。
posted by かずひで at 16:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 第二話 疑惑の登録商標 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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